***山行報告・堂満岳途中***
   山行はいつも突然に!

2007年2月10日(日)
中野(記録)


 土曜の夜。遅い時間のテレビニュース、大阪市内で降雪が有り珍しい雪景色を写し出していた。明後日はウォーキングの予定をしていたが、明日は日曜大工と、漠然と考えていた。それを見た瞬間考えを転向した、雪山に行きたくなった。少しだけ遠くて手軽に行けて、雪の多い処、やはり比良山。武奈は遠い、蓬莱はスキー場が近いので人が多そう、堂満が良い、イン谷口から金糞峠で決まった。
 早速準備に掛る、『山行はいつも突然に』最近この流儀が定まりつつある、良いか悪いかは別にして、このスタイルは結構合っていて好きである。勿論事前に計画を立て準備万全での山行も有る、それは遠出山行、パーティで泊を重ねる山行、定例会山行、入り込む山行である。単独は『いつも突然に』。

 それを可能そして手軽に出来るのは、インターネットを使える環境に有るのが大きく影響していると思われる。電車の時刻料金、降雪状況等の情報が瞬時にて手に入る、装備もそうだが情報も短時間に準備出来る、だから突然に耐えられる。
 所要時間、天王寺駅から1時間36分。天王寺駅18番ホーム快速、大阪駅8番ホーム湖西レジャー号と非常に便利、若干の遅延した場合も考慮して乗り換え時間も設定している。事前の準備は完璧だったが、、、、、。

 大阪駅8番ホームで突然目が逢った、その人は憧れの君ではなく、くまごろうのI氏だった。この時間帯はザックを背負った人達で溢れている。多いと思ってはいたが此れほどまではと、その中での偶然の出会い、その君なら運命的な展開も有りと期待出来るが、残念ながらI氏であった。此処でT氏と待ち合わせとの事。暫らくすると大きなザックを担いだT氏が現れた。同じ電車『湖西レジャー号』に乗り込む、他の大勢のザック組も同様に吸込まれる。朝の通勤電車並の混雑でスノーボードらしき大きな荷物も置かれている。スキー場に行く人も同乗、外国語を話す東洋人達も同乗、家族連も同乗、しかしメインはザック組。

 一泊で湖北の山に登るくまごろう組と別れ志賀駅で降り、普通に乗り換え、比良駅下車、大勢のザック組みが便所、改札口を埋める。此処で事件が起きる。
 改札口前ズボンの右ポケットに手を突っ込んだが、当たる筈のキップの手触りが無い、少し後ずさりしながら、人の流れから外れ身体中、ザックの中も捜索。天王寺駅で1450円の切符を買った、それで此処まで来たのだ、その旨を駅員に話す、しかし1450円を要求された。倍払う羽目に成る、もう一度くまなく捜すが見付からず、どうやら乗り換えた普通電車の中で落とした様だ、右のポケットに手を突っ込んだ記憶が有る。その捜している様子を改札しながら見ていた駅員が同情したのか、そのまま出ても良いと言ってくれた。反省である、切符は財布に収納、此れが原則だと痛感した。

 この駅で下車した人、ザーと100人は下らない、否それ以上居ているかも知れない。17日に登った『高見山』は臨時バス4台+切バス1台+乗用車組で300人以上がほぼ同じ時間帯で登山。それより少ないが、静かな山歩きを目指していたので、この多さは閉口した。大阪労山のKさんとか、Kさん(同一人物では有りません)の会の人達、それに公開ハイキングの多数の人達も居て、同じコースではそれは期待出来ない。様子を伺っているとイン谷口から金糞峠、堂満のコーズを登る様だ。駅からその一団に飲み込まれ同じ方向を目指し歩いたが、逆を行けばその問題は解消出来る事を思い付いた。彼らが降りるルートから登れば良い。先発組と後発組との間を歩き(その差は何故かかなり有った)途中から左に入りその一団と決別した。

 分かれて上がる道に出たら、直ぐ大勢の人達の声が聞こえた。多くの登山者が先行している様だ。あまり近づいて行くよりも、離れて登る方が良いと考え、此処で少し休憩を摂る。しかし其の声は遠のいて行かず、遠のいては近づき、何か変である。仕方が無いので出発する事にした、コーナーを曲がり短い直線に出た。6、7人の子供達がプラスチック製のソリを持ちその短い直線の坂を滑りそして上がっていたのだ。大人もいる、子供達と大人達の歓声だった。その坂道の両側には丸太小屋が建ち並んでいた。ログハウスの別荘地帯だった。その道を通り抜け登山道に入り暫らくすると静けさが襲ってきた。高度計430mくらいからの入山に成る。

 この辺りは所々地肌が見え差ほど雪は多くないし、雪が有るところは確りトレースが残っている。暫らく上がると突然トレースが無くなり、間違ったと思い引き帰す。少し戻り間違いでない事を確認する。この状態が続く。地形か方位か、廻りの木々の関係かトレースがハッキリしている処と消えかけ又は消えている処がある。
 ドンドン高度を上げて行く。500m超えた辺りから雪の量が増えてくる、昨日かなり降雪が有った様だ。600m超えた、目に見えて雪の量が増してきた。もう地肌は捜しても見付からない。高度700mもうトレースは所々しかない。赤いテープが目印だ。膝上迄潜る。ワカンを持って来なかった事少し後悔する。
 800m、斜面がキツイ、息が上がる、静かだ、上からも下からも誰も来ない、この広い山域で、一人限だ。
 850m、相変わらず静寂が支配している。時折遥か上空でジェット機の音が 微かに聞こえる。姿は見えないが空路に入って入るのだろうかと考える。鳥の鳴き声もあまり耳にしない、聞こえるのは自分自身の『ハーハー』と発する息が切れる喘ぎ声だけである。 この辺りからトレースは完璧に無し、一段と雪の量が増し股辺り迄潜る。ラッセルが苦しい、荷重が軽いのが救い、赤い目印を捜し少しでも楽に進みたいが、もう何処でも同じ状況の様な気がする。温度が低いのにそれとも其れを感じている余裕が無い精か、之だけ運動して熱を発しているのにあまり暑さを感じない。
 時折高度計を見るが殆んど上がっていない、860m、10m上げるのにどれだけの時間を費やしているか不明。多分この状態では1057mの堂満岳に山頂には立つのは無理と諦める。時間を決めて其の時間迄高度を上げる事に目標を変える。 13時半と決める。
 高度870m、更に深く成り腰近く迄入り込む事がある。昔、反戦フォーク(ベトナム戦争)が華やかな頃の唄の一節で『腰まで泥まみれ』と言う歌詞が有り、それを思い出した、今は『腰まで雪まみれ』、と口ずさみ少し余裕が生まれた感じだ。
 880m、傾斜が更に増しラッセルスピードがガクンと落ちた、後40m程上げると少し緩斜面地帯に入る、其処までが遠い。
 890m、進んでいるのか、ただその場でモガイテいるのか判断が付かない。肩で息、雪は股上迄来た。其れでも少しは進んでいる様だ。
 900m、もう殆んど進んでいない、一歩進んでズリ落ちる、斜面がキツイ、時間も13時は廻っている、テントを張って休憩を摂りたいので、どうしてもあの緩斜面地帯迄到達しなければならない。
 900mを超えた、もう少し、時間も13時半だ、この10数mを上げるのに30分近くも掛って入る様だ。
 何とか辿り着いた、960mくらいで敗退に成ったが充実した登高だった。結局此処まで誰にも会わず、静かな山行に成り目的は果たせたと感じた。

 テント内、ビールで渇いた喉を潤して居る時、上から大勢の声がして朝の一団が降りて来た、14時位だった。テントを張った先は樹林帯に入り斜面も緩く歩き易いので多分休憩をせず進めば頂上で合流出来たかも知れないが、もう体力と時間の限界。此処迄で満足、新雪(深雪)の一人限の贅沢な時間を過ごした。


(中野)